Thinkings ‐ 徳島オフィスblog

徳島サテライトオフィスWeb開発者によるブログ

メガロボクス 感想

突然ですが、最近観てるアニメの話をします。



f:id:idx-tokushima:20180618103920p:plain
休みの日に描いてたファンアートです。
腹筋をバキバキに割りましたがロゴで隠れました。無念。


あしたのジョー連載50周年企画として、あしたのジョーを原案に制作・放送中のテレビアニメメガロボクスの感想です。
そっくりそのまま原案として用いるのではなく、あしたのジョーの作中要素やテイストを取り込んだ別物のアニメーションです。
「あーこのキャラ、あしたのジョーに出てきたあいつだな」みたいな感じで原案を知ってるとちょっぴり楽しみが増えるかも。


あしたのジョーと大きく違う点として生身のボクシングではないところです。
身体能力を向上させる強化外骨格ギアを用いた、ボクシング以上に激しい架空の格闘技「メガロボクス」が題材です。
一言でいうと近未来ボクシング。


じゃあなんで上の絵は肝心のギアを描いてないのかと言うと、それは本編を観て頂ければ答えが分かるはず…。
決して描くのが面倒だったから描かなかったとかそういうわけでは……。


歪ながらも王道を行くストーリーで、メガロボクスの頂点を目指すというゴールラインも非常に分かりやすいです。
しかし、どちらかと言うと自分が気に入ってるのはビジュアルやその手法です。




自分はメガロボクス作中の主線に用いられる鉛筆のタッチが一番好きです。
基本的にアニメーションに用いられる主線は2値化されたものなのですが、
この作品では主線を加工してわざわざ鉛筆風に見えるタッチを再現する工程を追加しています。


そのために作画段階で線を太く重ねる必要があったり、1カット毎に鉛筆タッチの加工を挟むので手が込んでいます。
一方で線画を太くすることでペンタッチのようなメリハリを生んだり、太い線に小さな穴が空くので抜きの線がより一層気持ちよくなると思います。


意図的に鉛筆であるタッチを出す手法は既存の2値線画のものよりも1コマに対する情報量がスマートに増えるので、質素なコマでも味が出て好きです。
まず第一に作風に合ってるかどうかが大前提なのですが。

何にせよ画面に対する拘りが分かりやすく伝わってとても気持ち良いです。


メガロボクスの設定的なところで気になるところがあるとすれば、ギアの存在意義がふわふわしている点です。
物語の根幹を握る重要な要素である一方で、ギアが無くても試合は成立する曖昧さが気がかりです。
この辺は実際に観ていただければ何となく分かると思います。


作中では説明がありませんでしたが、ギア最大のメリットは計量が存在しないところですね。
つまりギアを用いるメガロボクスでは階級が存在しないのです。
軽量級だろうが重量級だろうがお構いなしです。
ギアがあればイーブン…大丈夫なのか?
現実のボクシングは全17階級なので、階級の存在しないメガロボクスは強さの序列がとても分かりやすいですね。


これは階級を踏まえた予想ですけど、
原案あしたのジョーにおける終生のライバル力石がジョーとの試合を望むにあたり過酷な減量を強いられ、結果それが思わぬ最後に繋がります。
メガロボクスにももちろん力石ポジションのライバルが存在するのですが、減量が存在しないのであしたのジョーの力石のような最期は起こり得ない…はず、たぶん。
何にせよ続きが気になります。
これを書いてる現時点では残り2話なので、あともう少しですね。


長々と書きましたがこの辺でやめておきます。
書きたかったことを書けたので満足です。
ではまた。